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​がん免疫療法の臨床効果と将来展望

第4のがん治療

手術、抗がん剤、放射線療法の標準治療に加えて第4のがん治療と位置づけられたのが「がん免疫療法」です。

がん免疫療法が従来の標準治療と最も異なるところは、患者さん自身の自己治癒力を使うところです。手術は癌を切り取る、抗がん剤は細胞毒性によって癌を殺傷する、放射線療法は放射線によって癌を殺傷します。一方でがん免疫療法はもともと患者さんの体内にいる免疫細胞によって癌を殺傷する方法です。

がん免疫療法には現在のところ大きく二つの種類があります。一つが免疫チェックポイント阻害剤です。この薬は癌細胞に対する免疫細胞の攻撃を抑制にするスイッチをOFFにして攻撃できるようにします。オプジーボ®やヤーボイ®などがその代表的な薬剤です。

もう一つは患者様ご自身の免疫細胞を培養して体内に戻す免疫細胞治療です。最近、注目を集めているのがCAR-T細胞療法です。T細胞を遺伝子改変して癌に対する攻撃性を高めたもので、血液のがんに対して非常に高い奏効率を示します。しかし遺伝子改変細胞を治療で扱うことは現時点では極めてハードルが高いため、誰でもが受けられる状況ではありません。今すぐにでも受けられる免疫細胞治療としては樹状細胞ワクチン療法、αβT細胞療法、NK細胞療法などがあります。いずれも患者様ご自身の細胞を細胞培養加工施設で活性化しつつ培養し患者様の体内に戻す方法です。これらの細胞治療は遺伝子改変しません。弱っている免疫細胞を高度活性化させる培養技術によって抗がん免疫力を向上させようというものです。

がん免疫療法の臨床効果の特徴

免疫チェックポイント阻害剤や免疫細胞治療の臨床的な効果は、いわゆる標準治療とは異なる表現型を示し、その経過も独特であることが分かっています。主な特徴は以下の3つです。

 

特徴1 免疫治療後の生存期間が長いほど、それ以降の生存期間も延長すること。

特徴2 免疫治療後に一時的に癌が画像検査上で大きくなるpseudo-progression(偽増悪)と呼ばれる現象があること。

特徴3 ある種の分子標的薬との併用で免疫細胞による癌殺傷能が上昇すること。

​特徴1

免疫治療後の生存期間が長いほど、それ以降の生存期間も延長すること。​

特徴1の現象は生存曲線を見ることで理解することができます(図1)。抗がん剤や分子標的薬の場合、投与開始後しばらくの期間は癌の縮小効果や延命効果が得られますが、耐性癌が発生しやすいことと副作用による体へのダメージにより亡くなる方が急激に増えてきます。それに対して免疫治療は効果がない人ではほとんど効果が出ない一方で、効果が得られる人では長く抗がん作用が続きます。その結果、長く生きている人ほどその後に更に長く生きることができる可能性が高くなります(この曲線をtail plateauと言います)。この結果は患者様にとって大きな励みになります。例え進行癌であっても1年でも2年でも長く生きれば、その分もっと長く生きれるという前向きな気持ちは癌との闘いにおいて本質的に大切です。当院でもtail plateauのフェーズに入ったと思われる患者様が何人もおられます。そうした患者様はだいたい皆さんStageⅣの癌患者には見えないくらい普通の日常生活を送っていらっしゃいます。また抗がん剤を併用していた方では抗がん剤をOFFにすることができたため、薬剤の副作用が減ってとても元気になられる方もおられます。

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​図1

特徴2

免疫治療後に一時的に癌が画像検査上で大きくなるpseudo-progression(偽増悪)と呼ばれる現象があること。

特徴2の現象はしばしば癌治療の方針決定に影響を及ぼします。標準治療では癌が一時的に増大する現象というのはほぼありません。癌の増大は悪化を意味しています。ところが免疫治療では一時的に癌が大きくなることがあります。抗がん免疫作用が強化されると癌を攻撃する細胞傷害性T細胞が癌の中にたくさん浸潤してきます。その結果、炎症が起きて癌が腫脹し、一見すると癌が大きくなったように見えることがあります。しかし現段階では癌が増大した場合に増悪なのか偽の増悪(pseudo-progression)なのかをその時点で正確に区別することは困難です。pseudo-progressionの場合は腫瘍マーカーの上昇がみられなかったり、患者様の体調が逆に良かったり、本物の癌の増大とは異なる特徴も報告されています。がん免疫療法の特性に精通した医師が、多角的に患者様の状態を診て慎重に判断していく必要があります。

​特徴3

ある種の分子標的薬との併用で免疫細胞による癌殺傷能が上昇すること。​

特徴3は近年注目されている現象です。ハーセプチン®、パージェタ®、リツキサン®などの分子標的薬は癌細胞の表面に露出している抗原に対する抗体です。リツキサン®が癌細胞の表面に結合し、さらにNK細胞がリツキサン®接触するとNK細胞が活性化されて癌細胞を破壊します。こうした癌抗原に対する抗体を介した免疫細胞による癌細胞傷害作用を抗体依存性細胞障害(ADCC)と言います(図2)。ハーセプチンとパージェタはADCC作用を期待されて開発された分子標的薬ではありませんでしたが、これらの薬剤もADCC作用を有することが明らかとなり注目されています。今後も抗がん剤や分子標的薬でADCC作用が確認される薬剤は増えてくると思われます。化学療法だけでは抗腫瘍効果が不十分な場合でも、NK細胞療法や樹状細胞ワクチン療法を組み合わせることで更なる効果を得られる可能性があります。

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​図2

手術、抗がん剤、放射線治療の共通の限界は、いずれ効果がなくなり行うことができなくなる点にあります。その上、副作用が強く抗腫瘍効果はあっても副作用によって身体がダメージを受けて治療が継続できなくなる場合、あるいは余命がむしろ短縮してしまう場合があります。これらのデメリットは特に進行癌に当てはまります。免疫治療に関しても免疫チェックポイント阻害剤には強い副作用がありますのでその点では十分ではありませんが、免疫細胞治療は自家免疫細胞を使った治療なので重い副作用が出る可能性は極めて低く(高熱がみられることがありますが、むしろ良い反応です)、効果が発揮されれば長期間にわたって作用する可能性が高いのは特徴1でご説明した通りです。

免疫細胞治療の研究状況

今、免疫細胞治療は世界中で凄まじい勢いで研究が進んでいます(図3)。最も多くの研究が行われているのはCAR-T細胞という遺伝子改変T細胞による治療です。CAR-T細胞は今のところ血液のがんにしか使えませんが、これを他の固型癌にも使おうという試みです。2番目に多く治験が行われているのが樹状細胞です。樹状細胞は免疫系の総司令官としてT細胞やNK細胞に癌に対する攻撃指示を出す役割を果たしています。進行癌の患者様では癌に対して樹状細胞が機能不全を起こしているので、樹状細胞の正常な抗がん免疫応答を確立することが天寿を全うする上では鍵となります。そして第4位にNK細胞やNKT細胞の治験が位置しています。各種の免疫細胞治療にはそれぞれの利点、欠点がありますので複合的に使用することで極めて有効な治療法になると考えられます。近い将来、こうした癌免疫細胞治療は癌に対する最も重要な治療として普通に行われるようになると期待されています。

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​図3

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