なぜ今、免疫治療が注目されているのか?
- 院長 永井 恒志
- 4 日前
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更新日:2 日前

がん治療と聞いて、多くの方がまず思い浮かべるのは「手術」「抗がん剤」「放射線治療」といった従来の3本柱の治療法かもしれません。これらはいずれも、がんを外科的に取り除いたり、化学的・物理的に破壊したりするアプローチであり、長年にわたって標準治療として広く行われてきました。
しかし、これらの治療法にも限界があります。手術ができない場所にがんができた場合や、転移が多くて完全に取りきれない場合、あるいは抗がん剤が効かなくなった再発がんなど、「次の一手」が見つからないケースが少なくありません。
そこで近年、大きな注目を集めているのが「免疫治療(免疫療法)」です。これは、患者さん自身の体に本来備わっている「免疫力」を活用し、がんと闘わせるという、まったく新しいタイプの治療法です。
体にすでにある仕組みを利用するため、副作用が比較的少なく、また治療がうまくいけば、再発予防にもつながるという利点があります。とくに、進行がんや再発がんに対しても一定の効果が報告されていることから、治療の“第四の柱”として世界中で急速に広がりつつあります。

免疫治療が急速に広まった背景:ノーベル賞と新薬の登場
免疫治療が一般にも知られるようになった大きなきっかけは、2018年のノーベル生理学・医学賞でした。この年の受賞者は、日本の本庶佑博士とアメリカのジェームズ・アリソン博士。両者は「免疫チェックポイント」という仕組みに注目し、それを解除することで免疫細胞が再びがんを攻撃できるようにするという画期的な発見をしました。
この理論に基づいて開発されたのが、「免疫チェックポイント阻害剤(ICI: Immune Checkpoint Inhibitor)」と呼ばれる新薬群です。中でも代表的な薬が、PD-1阻害剤である「ニボルマブ(オプジーボ)」と「ペムブロリズマブ(キイトルーダ)」です。これらは悪性黒色腫(メラノーマ)、非小細胞肺がん、腎細胞がん、胃がん、食道がんなど、複数のがん種に対して保険適用されており、日本でも標準治療のひとつとして使用されています。
たとえば、NEJM(New England Journal of Medicine)に掲載された「KEYNOTE-024試験」では、ペムブロリズマブがPD-L1陽性の非小細胞肺がん患者において、従来の化学療法よりも有意に全生存期間(OS)および無増悪生存期間(PFS)を延ばしたことが示されました。また、特に免疫治療の効果が強く出る患者では、長期生存が期待できることもわかってきています。
なぜ副作用が少ないのか?体内の力を「整える」治療
免疫治療は、外から強力な薬でがんを破壊するのではなく、自分の免疫細胞に「がんを見つけて」「正しく攻撃させる」ように働きかける治療法です。たとえるなら、免疫治療は“指導者”や“コーチ”のような存在です。戦うのはあくまで自分の細胞なので、全身に無差別な攻撃をするような副作用は出にくいのです。
もちろん、免疫チェックポイント阻害剤には特有の副作用(免疫関連有害事象)もあります。たとえば、自己免疫疾患に似たような肺炎、肝炎、腸炎、甲状腺炎などが報告されています。しかし、その頻度は従来の抗がん剤に比べて限定的であり、適切に管理することで重篤化を防ぐことが可能です。特に最近では、これらの副作用への対応マニュアルも整備され、医療現場での安全性も高まっています。
「治療」から「予防」へ:免疫の記憶とがんとの共存
免疫治療のもう一つの魅力は、「がんの再発を防ぐ可能性がある」ことです。私たちの免疫には「記憶機能」があります。一度がん細胞の特徴を認識した免疫細胞は、次に同じ特徴を持つ細胞が現れた際、迅速に排除することができます。これは、ウイルス感染に対してワクチンが機能する仕組みと似ています。
実際、免疫治療を受けた後にがんが長期間再発していないケースや、再発しても重症化せず免疫が自然に抑え込んでいると考えられる症例が報告されています。このような例は、「がんとの共存」という新しいがん観にもつながっています。
もはや「がんを完全にゼロにすること」だけが目標ではなく、「がんを持ちながらも生活の質を保ち、免疫でコントロールする」ことも現実的な選択肢となりつつあるのです。
今後の展望:AI・個別化医療との融合も進行中
さらに近年では、AI(人工知能)を用いて患者ごとの免疫プロファイルを解析し、より効果の高い免疫治療の組み合わせを選ぶ「個別化医療」も進んでいます。すでに一部のがんセンターでは、遺伝子解析や免疫細胞の状態を詳細に調べたうえで、最適な治療戦略をオーダーメイドで立案する取り組みが始まっています。
また、CAR-T細胞療法や樹状細胞ワクチン、ウイルスを利用した腫瘍内注射型の免疫療法など、次世代型免疫治療も登場しており、将来的にはより多くのがん種や進行度に対応できるようになると期待されています。