NK細胞の力:自然免疫の第一線
- 院長 永井 恒志
- 4 日前
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「免疫」と聞くと、T細胞や抗体などの“特異的な免疫反応”を思い浮かべる方が多いかもしれません。確かに、T細胞やB細胞は「敵(抗原)」を記憶してから本格的に動き出す、いわば“戦略型”の免疫です。
しかしその一方で、敵の情報を持っていなくても、即座に動き出せる“直感型の免疫”が存在します。それが「自然免疫(ナチュラル・イミュニティ)」と呼ばれる仕組みであり、その中核を担うのがナチュラルキラー細胞(Natural Killer Cell:NK細胞)です。
NK細胞は、まさに免疫の“第一線”。がん細胞やウイルス感染細胞をいち早く発見し、即座に攻撃する役割を持っています。しかも、あらかじめ情報を記憶しておく必要がないため、「初めての敵」にも強いという特徴を備えています。
NK細胞は「自分と違うもの」を本能的に攻撃する
NK細胞の最もユニークな特徴は、「学習せずとも敵を見分けて攻撃できる」ことです。これは、がん細胞がしばしば自分の表面から「HLA(主要組織適合抗原)」という“自分の証明書”を失っていることを利用しています。NK細胞は、このHLAの有無をチェックして、「証明書のない細胞=異常な細胞」と判断し、即座に殺傷するのです。
一方で、正常な細胞はHLAをきちんと発現しているため、NK細胞は「これは自己細胞だ」と判断して攻撃しません。つまり、NK細胞は“見知らぬ細胞”に対して自然に警戒する本能的なセンサーを持っているのです。
また、NK細胞はがん細胞の表面に出現するストレス関連分子(MICAやULBPなど)も感知します。これらは、細胞が変異やダメージを受けたときに発現する“危険信号”であり、NK細胞はそれらを目印に攻撃対象を決定します。
がんに対する“初動対応部隊”としての役割
がんの発症初期、あるいは体内に残ったわずかな残存がん細胞(MRD: Minimal Residual Disease)を排除するには、素早い対応が必要です。NK細胞は、T細胞よりもはるかに早く反応し、腫瘍の芽を摘む“初動対応部隊”として非常に重要な役割を果たします。
たとえば、乳がんや肝細胞がんの患者において、術後のNK細胞活性が高いほど再発率が低いという研究報告(Tahara et al., Int J Cancer, 2016)があります。また、高齢者においても、NK細胞の活性はがんや感染症のリスクと関連していることが多く、免疫力全体のバロメーターとしても注目されています。
加えて、近年の研究では、NK細胞にもある程度の“記憶様反応”があることが示されており、「一度がんに出会ったNK細胞は次回の反応が強くなる」という現象(trained immunity)が報告されるようになってきました(O’Sullivan et al., Cell, 2015)。
NK細胞を活用した治療法の最前線
このようなNK細胞の優れた攻撃力を応用した治療法も登場しています。その代表例が活性化自己NK細胞療法です。これは、患者さんの血液からNK細胞を取り出し、体外で活性化・増殖させたのちに再び体内へ戻すというものです。
がん患者の体内では、NK細胞の数が減っていたり、機能が低下していることが多く、それを補う目的で行われます。副作用が少なく、治療後のQOL(生活の質)を損なわずに実施できるため、再発予防の補助療法としても活用されています。
また、異種NK細胞療法(他人由来NK細胞)や、iPS細胞から作られたNK細胞(iPSC-NK)を使った先進的な治療も、すでに臨床試験段階に入っています。特にiPSC-NKは、製造の安定性と治療の一貫性が確保されやすく、将来的には“オフ・ザ・シェルフ(誰でもすぐ使える)”型の免疫細胞治療として期待されています。
2022年の研究(Liu et al., Cell Reports Medicine)では、CAR構造を導入したiPSC-NK細胞(CAR-NK)が、固形がんに対して強い細胞障害活性を示し、安全性も高かったと報告され、今後の応用が注目されています。
NK細胞の活性を高めるには?
治療以外にも、NK細胞の活性は生活習慣によって左右されることがわかっています。
代表的なのが以下の3つです:
①十分な睡眠
睡眠不足はNK細胞の数と活性を低下させます。特に深い睡眠(ノンレム睡眠)は免疫の調整に重要です。
②適度な運動
ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動は、NK細胞の活性を一時的に高めることが報告されています(Shephard et al., Sports Med, 1999)。
③栄養バランス
ビタミンC、ビタミンD、亜鉛などは免疫細胞の機能維持に不可欠です。腸内環境を整えることで、間接的にNK細胞の働きも向上します。
つまり、NK細胞は生まれつきの戦士であると同時に、“育てる”こともできる細胞なのです。
まとめ:がんを早期に封じ込める“免疫の即応部隊”
NK細胞は、がんが体内に現れたその瞬間から動き出す「自然免疫の即応部隊」です。そのスピードと判断力、そして細胞を破壊する強力な攻撃力は、まさに“ナチュラルキラー”の名にふさわしい存在です。
がんの発症予防、再発抑制、そして補助治療としても活用されるNK細胞療法は、これからのがん医療における重要な柱の一つになっていくでしょう。