食事と免疫:がんにおける腸内環境の意外な重要性
- 院長 永井 恒志
- 4月23日
- 読了時間: 4分

「免疫力を上げたい」と聞いたとき、多くの人がまず思い浮かべるのは「栄養のあるものを食べること」や「バランスの良い食事」かもしれません。実際にそれは正解です。
しかし、がん患者さんにとって、その意味はより深く、「腸内環境=腸内フローラ」の整備が極めて重要であることが、近年の研究で次々に明らかになってきました。
特に、がん免疫治療を行ううえで、腸内の状態が免疫細胞の活性に強く影響し、治療効果を左右するというデータも出ており、「腸を整えることは治療の一部」といっても過言ではありません。

腸は“最大の免疫器官”
私たちの免疫細胞の実に約70%が腸に存在しているといわれています。特に「パイエル板」と呼ばれる腸管の免疫組織や、腸管粘膜に存在するIgA抗体、T細胞、樹状細胞などが、日々食事や腸内細菌と接触しながら体の免疫バランスを調整しています。
つまり、腸はただの“消化器”ではなく、「免疫システムの拠点」なのです。ここが乱れると、免疫細胞の活性にもブレが生じ、がん細胞を監視・排除する力が弱くなる可能性があります。
さらに、がん患者さんの中には、抗がん剤や免疫治療の副作用、栄養失調、抗生物質の使用などで腸内フローラが大きく乱れている方も多く見られます。腸内環境を整えることは、治療効果を引き上げる土台づくりなのです。
腸内細菌が免疫治療の“効き目”を左右する
2018年にScience誌に掲載された2本の論文(Gopalakrishnan et al., Routy et al.)は、がん治療と腸内環境の関係に大きな衝撃を与えました。
これらの研究では、免疫チェックポイント阻害剤(PD-1阻害薬)を使ったメラノーマや肺がんの治療成績が、腸内フローラの状態と密接に関係していたことが示されました。
特に、Akkermansia muciniphila(アッカーマンシア菌)やBifidobacterium(ビフィズス菌)といった善玉菌を多く持つ患者は、免疫治療に対する反応が良く、長期生存率も高い傾向があることがわかったのです。
一方で、抗生物質を頻繁に使用していた患者では腸内フローラが崩れ、免疫治療の効果が大きく低下していたというデータもありました。このことは、「腸内環境はがん免疫治療の“鍵”を握っている」ことを強く示唆しています。
腸内環境を整えるためにできること
では、腸内環境を改善・維持するためには、どのようなことが必要なのでしょうか?ここでは、日常生活で実践できる3つの柱をご紹介します。
① 食物繊維をしっかりとる
食物繊維は腸内細菌の“エサ”となり、善玉菌の増殖を助けます。特に水溶性食物繊維(海藻、果物、オートミール、ゴボウなど)は短鎖脂肪酸(酪酸など)の産生を促し、腸の粘膜を保護しながら免疫を活性化します。
② 発酵食品を取り入れる
ヨーグルト、納豆、キムチ、味噌などの発酵食品は乳酸菌や酵母を含み、腸内フローラの多様性を維持するのに役立ちます。とくに日本人に合った伝統的な食材は、腸にやさしい選択です。
③ 過剰な抗生物質や加工食品を避ける
抗生物質は善玉菌も殺してしまうため、使用は必要最低限にとどめ、使用後は腸内環境の回復を意識することが重要です。また、添加物や加工食品に偏った食生活も腸内のバランスを乱します。
栄養状態とがん免疫の関係
腸内環境だけでなく、栄養そのものも免疫の質に直結しています。
たとえば:
ビタミンDはT細胞の活性に必要であり、不足すると免疫のバランスが崩れやすくなります。
亜鉛やセレンは、免疫細胞の成熟や分化に不可欠なミネラルです。
オメガ3脂肪酸(EPA、DHA)には抗炎症作用があり、腸の炎症を抑えることで免疫環境を改善します。
がん患者さんでは食欲不振や消化機能の低下により、これらの栄養素が不足しがちです。必要に応じてサプリメントの活用や、栄養士との連携も選択肢となります。
まとめ:免疫力は「腸から始まる」
がんとの戦いにおいて、「免疫力を高める」というのはもはやスローガンではなく、治療戦略の一部です。そしてその土台となるのが「腸の健康」なのです。腸内フローラの乱れは、免疫細胞のバランスを崩し、がんを見逃す原因になりかねません。
一方で、日々の食事と生活習慣によって腸内環境は変えられます。あなたの体の中で、毎日黙々と働いている腸と腸内細菌たち。その環境を整えることは、自分自身の免疫を最大限に活かす“治療への投資”なのです。