癌とストレス:心の健康が免疫に与える影響
- 院長 永井 恒志
- 4月22日
- 読了時間: 5分

がんと診断されたとき、人は身体だけでなく、心にも大きな衝撃を受けます。不安、恐怖、孤独、怒り、そして「なぜ自分が…」という思い。そのストレスは、目に見えなくても確実に患者さんの中に蓄積していきます。
この「心の負担」が、実は免疫の働きに直接影響することをご存じでしょうか?
近年の研究では、ストレスが免疫細胞の働きを抑え、がんの進行や治療効果にも関わる可能性があることが次々と明らかになっています。がん治療において「心の健康を守ること」は、単なる気休めではなく、「医学的に意味のある行動」なのです。

ストレスが免疫を“抑えてしまう”メカニズム
ストレスを感じたとき、私たちの体は「自律神経系」や「ホルモン系」が活発に働き、いわゆる“戦うか逃げるか”のモードになります。これが一時的ならば問題ありません。しかし、がん治療中のように慢性的なストレス状態が続くと、免疫に対して悪影響を及ぼし始めます。
その理由の一つが、「コルチゾール」と呼ばれるストレスホルモンです。コルチゾールは、副腎から分泌され、もともとは炎症を抑える働きがあるのですが、過剰に分泌され続けると、T細胞やNK細胞の働きを抑制してしまいます。
さらに、ストレスによって交感神経が過剰に優位になると、炎症性サイトカイン(IL-6やTNF-αなど)が増加し、腫瘍の成長や転移を促すという報告もあります(Reiche et al., Brain Behav Immun, 2004)。
つまり、“心の疲れ”はそのまま“免疫の弱体化”につながるという、見えないリスクを抱えているのです。
がんの再発・進行とストレスの関係
実際に、がん患者のストレスと予後の関係を調査した研究は数多くあります。
たとえば、2010年に発表された乳がん患者を対象とした研究(Antoni et al., Cancer, 2010)では、心理的ストレスが高い患者ほどNK細胞の活性が低下し、治療後の再発率が高くなる傾向があることが示されました。
また、胃がん、肺がん、大腸がんなど他のがん種においても、うつ傾向や不安が高い患者では治療の効果が出にくい、免疫応答が弱いなどの報告が相次いでいます。
一方で、ストレスを軽減する心理的介入(カウンセリングやマインドフルネス、音楽療法など)を取り入れた患者群では、免疫細胞の活性が維持され、QOL(生活の質)も高まるという前向きな研究成果も報告されています。
心をケアすることも「治療の一部」
がん治療において、手術や薬物治療といった“身体へのアプローチ”はもちろん重要です。しかし、心理的ケアという“見えない治療”も、免疫を守り、治療効果を最大限に引き出すための土台となります。
とくに以下のような方法は、多くの医療機関で「がん補完療法」として導入されつつあります:
① マインドフルネス瞑想
現在の瞬間に意識を向ける練習で、不安のループから抜け出すことができる技法。免疫力の維持にも良い影響を与えるとされています。
② 呼吸法・自律訓練法
呼吸を整え、身体感覚に意識を向けることで交感神経の暴走を抑え、コルチゾールの過剰分泌を防ぎます。
③ 認知行動療法(CBT)
ストレスとなっている思考のクセを見直し、より現実的で前向きな思考を育てる心理療法です。
④ 音楽療法やアート療法
リラックスや感情の発散を促すことで、心の安定につながります。患者さんの好みに合わせて選択できます。
⑤森林浴
森林や自然公園のような木々が多く林立する空間にいるとNK細胞が活性化されることが知られています。大都会でも大きい公園などに行けばその効果が得られるようです。しかも1週間以上その状態が継続するとの報告もありますので、定期的に森林浴を行うと良いでしょう。
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医師やスタッフに気持ちを伝えることも大切
心のケアというと、「自分でなんとかするもの」「強くならなければ」と考えてしまう方も多いかもしれません。しかし、がんという病気をひとりで背負い込む必要はありません。
がん医療の現場では、医師だけでなく、看護師、薬剤師、心理士、栄養士、医療ソーシャルワーカーなど多職種のスタッフが“心の支え”として存在しています。
「不安を感じている」「眠れない」「治療がうまくいくか怖い」——そのような気持ちは、ぜひ遠慮なく伝えてください。
それが、免疫力を落とさないための第一歩となります。
まとめ:免疫を守るには、心の声にも耳を傾けて
がんとの闘いは、体の中での闘争であると同時に、心との闘いでもあります。ストレスは見えませんが、確実に免疫の働きを鈍らせ、治療の妨げとなる可能性があります。
しかし、心の健康は回復可能です。
あなたが自分自身をいたわり、周囲に助けを求めることが、免疫の再活性化と治療の成功へとつながっていきます。
心と体は、切り離すことができない一体の存在。だからこそ、治療の中に「心のケア」も取り入れることが、本当の意味での“全人的医療”といえるのではないでしょうか。