ウイルスを使ったがん免疫療法の可能性|がんウイルス療法
- 院長 永井 恒志
- 4月22日
- 読了時間: 4分

「ウイルス」と聞くと、風邪やインフルエンザ、コロナなどの病気を思い浮かべる方が多いと思います。ところが近年、「ウイルスを使ってがんを治す」という逆転の発想から生まれた治療法が注目を集めています。
その名も「がんウイルス療法(oncolytic virotherapy)」。ウイルスががん細胞の中に入り込み、がん細胞だけを破壊する。しかもその過程で免疫も同時に活性化され、全身の抗腫瘍効果が期待できるという、非常にユニークで有望な治療戦略です。
今回は、この「ウイルス×免疫」の最前線についてご紹介します。

がんウイルス療法とは?
がんウイルス療法とは、「がん細胞だけを選んで感染・増殖し、内部から破壊するウイルス」を利用した治療法です。
代表的な仕組みは次の通りです:
改変されたウイルスをがん細胞に投与
ウイルスががん細胞の中で増殖・破裂(溶解)
がん細胞が壊れることで“がんの破片(抗原)”が周囲に拡散
免疫細胞がそれを認識し、“免疫によるがん攻撃”が全身に拡がる
つまり、この治療はウイルスの直接効果+免疫の波及効果の“二段構え”なのです。
世界初の承認ウイルス治療薬:T-VEC(タリモジン)とは?
2015年、アメリカFDAが初めて承認したがんウイルス療法が、T-VEC(Talimogene laherparepvec)です。
これは単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)を遺伝子操作して作られた治療用ウイルスで、皮膚・皮下に腫瘍を持つメラノーマ(悪性黒色腫)の患者に使用されます。
T-VECは、がん細胞を破壊すると同時に、免疫刺激物質「GM-CSF」を産生するように設計されています。これにより、局所のがん細胞破壊にとどまらず、遠隔転移部位においても免疫が活性化される効果(アブスコパル効果)が確認されています。
臨床試験(J Clin Oncol, 2015)では、T-VEC単独でも奏効率16%、免疫チェックポイント阻害剤との併用では奏効率40%以上という結果が得られています。
日本発の注目ウイルス:G47Δ(デリタクト)
日本でも独自に開発されたがんウイルス療法があります。それが、東京大学医科学研究所が開発したG47Δ(デリタクト)です。
G47ΔはHSV-1をベースに3つの遺伝子改変を加えた治療用ウイルスで、正常細胞を避けてがん細胞だけに感染・増殖し、かつ免疫を活性化するという特徴を持ちます。
2021年には悪性神経膠腫(グリオーマ)に対する「条件付き承認」を厚労省から取得し、日本初のがんウイルス製剤として注目されています。
現在も、前立腺がん、胃がん、乳がんなどへの適応拡大を目指した臨床試験が進行中であり、日本発の革新的免疫療法として大きな期待が寄せられています。
がんウイルス療法の利点と課題
〈利点〉
局所と全身にダブルで効果がある(免疫波及効果)
抗がん剤が効きにくい低免疫腫瘍(cold tumor)にも作用
免疫チェックポイント阻害剤との併用で効果が高まる(synergistic)
〈課題〉
ウイルスの体内拡散が制限されることがある(注射でしか投与できないケース)
免疫が強すぎる人ではウイルスがすぐ除去されてしまう
ウイルスに対する社会的な抵抗感や誤解(「感染症になるのでは?」など)
これらを克服するために、「自己免疫抑制の一時的併用」や「外部からのウイルスキャリア輸送」など、新しい技術も開発中です。
今後の展望:ウイルス×免疫の“合わせ技”が主流に
現在、複数の製薬企業や研究機関が、がんウイルス療法の第2世代、第3世代を開発しています。
中でも注目されているのが:
免疫細胞療法+ウイルス療法の併用
TCRエンジニアリングウイルス:T細胞をウイルスで改造する技術
ウイルスを運搬手段(ベクター)として使い、がんワクチンや免疫刺激因子を体内に届ける
また、2023年にはModernaとMerckが開発するmRNAワクチンを搭載したウイルスベクター療法が、メラノーマの再発率を50%低下させたという結果も発表され、がんウイルス×免疫の未来を大きく広げています。
まとめ:「がんを倒すウイルス」という時代が来ている
がんに対して、これまで「敵」だったウイルスが、今や「味方」になる時代が訪れています。しかも、ただの兵器ではなく、「免疫の起爆剤」として、治療と再発予防の両方に貢献する存在です。
ウイルスを使ったがん治療は、まだ新しい分野ではありますが、将来のがん治療の第4の柱として確実に位置づけられつつあります。
今後は、より多くのがん種で保険適用が広がり、患者さんにとっての選択肢がさらに豊かになるでしょう。