抗がん剤と免疫療法の違いとは
- 院長 永井 恒志
- 4月18日
- 読了時間: 5分
更新日:4月22日

がんと診断されたとき、多くの患者さんがまず提示される治療法は「抗がん剤(化学療法)」です。
抗がん剤は、がん細胞の増殖力の強さを利用し、細胞分裂を妨げたりDNAを破壊することで、がんを直接攻撃します。1950年代から使用されてきたこの治療法は、現在でも標準治療として世界中で行われており、実際に命を救ってきた多くの症例があります。
一方で、近年注目を集めているのが「免疫治療(免疫療法)」です。こちらは、抗がん剤のようにがんを“外から壊す”のではなく、患者自身の体内にある免疫細胞の力を“内から引き出して”がんと闘わせるというまったく異なる考え方に基づいています。
では、具体的に両者にはどのような違いがあり、それぞれどのような場面で選ばれるべきなのでしょうか?

抗がん剤と免疫療法の違い
①治療の“標的”が違う:直接攻撃か、自己免疫か
抗がん剤は、がん細胞の分裂周期やDNA合成に干渉して増殖を止める、あるいは細胞死を誘導する働きがあります。しかし、がん細胞だけを狙い撃ちすることは難しく、同様に分裂の早い正常細胞(毛根、胃腸粘膜、造血細胞など)にもダメージを与えるため、副作用が避けられません。脱毛、吐き気、白血球減少などはその典型です。
一方、免疫治療では、体内の免疫細胞、特にT細胞やNK細胞などを活性化させて、がんを“自己の敵”として認識させて攻撃させる方法が主流です。特に注目されているのが「免疫チェックポイント阻害剤(ICI)」で、がん細胞が免疫から逃れるために使う“免疫のブレーキ”を外し、再び免疫ががんを攻撃できる状態に戻します。
この「免疫のブレーキ」を最初に見つけたのが、PD-1やCTLA-4という分子で、本庶佑博士の研究は2018年にノーベル賞を受賞しました。この発見により、がん治療は「自分の免疫でがんを制御する」という新しい時代に突入したのです。
②効果の“出方”が違う:即効性か、持続性か
抗がん剤は、がんに対する即効性が魅力です。投与後、比較的短期間で腫瘍が小さくなったり、腫瘍マーカーが低下することがあります。これはがん細胞に対して直接作用するからです。しかしその一方で、長期的な効果が続かないことや、再発しやすいという課題も抱えています。特に抗がん剤に耐性を持ったがん細胞が生き残ると、次回以降の治療が難しくなることがあります。
一方、免疫治療は体内の免疫応答を高めていくプロセスを伴うため、効果が現れるまでに時間がかかることがあります。初期には効果がないように見えても、数ヶ月後に突然腫瘍が縮小する「遅延型反応」があることも知られています。しかし一度効果が出始めると、それが長期間持続しやすく、「再発防止」にもつながる可能性があるのです。これが「免疫記憶」という仕組みです。
有名な臨床試験である「CheckMate 067(NEJM, 2015)」では、悪性黒色腫の患者に対してニボルマブとイピリムマブの併用療法を行った結果、5年後の生存率が52%に達するという非常に希望の持てる結果が得られました。これは、抗がん剤だけでは到底得られない“長期生存”を可能にする免疫治療の特徴を物語っています。
③副作用の“性質”が違う:全身的か、局所的か
抗がん剤の副作用は、先述のように全身の急速に分裂する正常細胞にも影響を及ぼすことから、広範囲かつ多様です。免疫が低下することで感染症のリスクも高まり、日常生活に支障をきたすこともあります。治療効果と副作用のバランスが難しく、治療継続が困難になるケースも珍しくありません。
免疫治療における副作用は、「免疫関連有害事象(irAE)」と呼ばれます。これは活性化された免疫ががん細胞だけでなく、正常組織にも反応してしまうことで起こる炎症反応です。代表的なものに肺炎、肝炎、腸炎、皮膚炎、内分泌障害(甲状腺機能異常など)があります。ただし、頻度は抗がん剤に比べて低く、適切なステロイド治療などで早期に管理することで多くは改善します。
また、免疫治療による副作用は命に関わるケースもあるため、治療中は定期的な血液検査や画像診断が欠かせませんが、最近では副作用の予測や早期発見のためのAI診断支援も実用化されつつあります。
両者の“併用”という選択肢もある
近年では、「抗がん剤+免疫治療」の併用療法が非常に注目されています。例えば、肺がんや胃がん、大腸がんなどでは、化学療法と免疫チェックポイント阻害剤を併用することで、相乗効果による効果増強が報告されています。抗がん剤ががん細胞の抗原を露出させ、それを免疫が認識しやすくするという仕組みが背景にあります。
KEYNOTE-189試験(NEJM, 2018)では、非小細胞肺がんの患者にペムブロリズマブと化学療法(ペメトレキセド+シスプラチン)を併用した結果、全生存期間(OS)が有意に延長したことが示されました。これにより、免疫治療と抗がん剤の“両輪”でがんに立ち向かう時代が本格化しています。
あなたに合う治療とは?主治医とよく話し合うことが大切
抗がん剤と免疫治療は、まったく異なる治療コンセプトを持っています。それぞれにメリット・デメリットがあり、「どちらが優れているか」ではなく、「どちらがその患者さんにとって適しているか」が重要です。
がんの種類、進行度、遺伝子変異、PD-L1発現率、全身状態(PS)など、複数の要素を考慮して治療方針が決定されます。
また、免疫治療は高額であることが多く、自由診療のケースでは費用面の検討も必要です。
ただし、近年は一部の免疫治療が保険適用されるようになり、選択肢は広がっています。何よりも、「自分の体の免疫力でがんと闘う」という考え方が、精神的な安心感をもたらすことも多くの患者さんが口にされています。
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