NKT細胞とα-GalCer樹状細胞ワクチン療法
- 院長 永井 恒志

- 7月18日
- 読了時間: 5分
更新日:10月7日

がん免疫療法にはさまざまなアプローチがありますが、近年特に注目されているのが、「自然免疫と獲得免疫をつなぐ細胞」であるNKT細胞(ナチュラルキラーT細胞)を活性化する治療です。
中でも、α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)を搭載した樹状細胞ワクチンは、NKT細胞を介して免疫全体を強く活性化させる先進的な治療法として、特に難治性がんや再発予防の治療法として期待されています。
今回はこのユニークな免疫細胞と、その臨床応用について詳しくご紹介します。
― α-GalCerワクチンによるがん治療 ―

■記事を書いた人
銀座鳳凰クリニック院長
永井 恒志
医師、医学博士(東京大学)、東海大学大学院客員准教授。東京大学医学部附属病院内科研修医を経て、東京大学大学院医学系研究科の文部教官時代に大型放射光施設SPring8を利用した多施設共同研究(国立循環器病研究センター、東海大学ほか8研究機関)をリードし、多数の国際医学雑誌に論文を発表した。
NKT細胞とは?がん免疫の“スイッチ”を握る細胞
NKT細胞(Natural Killer T cell)は、T細胞とNK細胞の両方の特徴を持つハイブリッドな免疫細胞です。
T細胞のように特定の抗原を認識する
NK細胞のようにすばやくサイトカインを放出し、がんを攻撃する
この細胞は、がん細胞に直接攻撃を加えるだけでなく、他の免疫細胞(NK細胞、T細胞、樹状細胞など)を一斉に活性化する「免疫の指揮官」のような存在です。
特にNKT細胞は、がんに限らず感染防御、アレルギー、自己免疫などにも関与する“万能免疫調整細胞”とされ、がん免疫療法における“次の主役”として注目されています。
α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)とは?
NKT細胞は、脂質抗原を提示する「CD1d」という特殊な分子を介して活性化されます。
その代表的な脂質抗原が、α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)です。
α-GalCerは、海綿(マリンスポンジ)由来の天然糖脂質で、初めて投与されたときに強力なインターフェロン-γの放出を誘導し、免疫全体を活性化することが確認されました(Kawano et al., Science, 1997)。
しかし、α-GalCerをそのまま体内に投与すると、全身性の免疫反応が強すぎて制御困難になるリスクがあるため、現在は以下のように工夫されています:
α-GalCerを樹状細胞に搭載してワクチン化し、局所かつ選択的にNKT細胞を活性化する方法
これが「α-GalCer樹状細胞ワクチン療法」です。
α-GalCer樹状細胞ワクチンの仕組み
患者様の血液から単球を取り出し、体外で樹状細胞へ分化・成熟
この樹状細胞に、α-GalCerを取り込ませる(搭載)
α-GalCerを提示する“特別な樹状細胞”を患者様の体内に戻す(静脈)
NKT細胞がこのワクチン細胞を認識して活性化
活性化NKT細胞がIFN-γなどのサイトカインを大量放出し、免疫全体を刺激
NK細胞、CD8+T細胞、樹状細胞なども連鎖的に活性化し、強力な抗腫瘍免疫体制を誘導
このように、ワクチンそのものが“免疫の起爆剤”として機能し、再発予防や微小ながんの排除に役立つと考えられています。
臨床応用の現状と実績
α-GalCer樹状細胞ワクチンは、以下のがん種で臨床研究が行われています:
肺がん
頭頸部がん
胃がん
肝細胞がん
膵がん(再発予防目的)
とくに、免疫細胞が入りにくい“cold tumor”のがんにおいて、NKT細胞を起点に免疫を呼び込む「ホット化」が期待されます。
当院でも再発膵がん患者様へのα-GalCer樹状細胞+WT1樹状細胞+NK細胞の併用療法において、抗がん剤などを用いず免疫細胞治療のみで完全寛解が得られた症例があり、今後の発展に期待が寄せられています。
α-GalCerワクチンのメリットと課題
〈メリット〉
全身の免疫細胞を“横断的に”活性化できる
微小がんから明瞭な大きさのがんまで適応
再発予防としても効果的
自己細胞を使うため、拒絶反応が少ない
他の免疫療法や抗がん剤との併用も可能(相乗効果)
〈課題〉
現時点では自由診療が中心で保険適用されていない
投与スケジュールや頻度にまだ標準化の余地がある
樹状細胞の質に個人差があり、効果の個別性が大きい
そのため、治療導入前に「目的(再発予防か治療か)」「他の治療との組み合わせ」「患者様の免疫状態」を慎重に検討することが大切です。
今後の展望と可能性
現在、α-GalCerを応用したワクチンは改良が進められており:
人工合成α-GalCer誘導体による副作用の低減
がん特異的抗原との融合(WT1+α-GalCerなど)による標的強化
iPS細胞由来NKT細胞との併用による“全身免疫の再構築”
免疫チェックポイント阻害剤との併用による相乗効果
といった次世代治療の可能性が広がっています。
まとめ:NKT細胞は“免疫の交差点”
がん免疫の中心には、CD8+T細胞のような“標的型”の攻撃細胞が注目されてきました。 しかし今、“免疫全体を動かす力”を持つNKT細胞に再び光が当たり始めています。
α-GalCer樹状細胞ワクチンは、NKT細胞を介して免疫全体をリブート(再起動)し、がんに対する“全方位的な免疫反応”を起こすという、非常にユニークでパワフルな治療です。
再発を防ぎたい、免疫を整えたい――そんな思いに応える未来型の免疫戦略として、今後ますます期待されることでしょう。
― 当院のα-GalCer樹状細胞ワクチンで再発予防 ―
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