がん再発を防ぐカギは「免疫の記憶力」
- 院長 永井 恒志

- 7月18日
- 読了時間: 5分
更新日:10月3日

がん治療が一旦終了しても、「また再発してしまうのではないか?」という不安を抱えている患者様は少なくありません。事実、がんの種類によっては、初回治療が成功しても数年以内に再発することがあるため、「がんを取り除く治療」だけでなく、「再発を防ぐ治療」も、現代のがん医療における大きな課題となっています。
そこで近年注目されているのが、「免疫の記憶力」を活用した免疫治療です。人の体には、一度敵(ウイルスや細菌など)を認識すると、その情報を記憶し、次に同じ敵が現れたときには素早く反応できる“免疫記憶”という仕組みがあります。
これをがんに応用し、がん細胞の特徴を免疫細胞に記憶させることで、再発した際にも素早く攻撃を開始できるようにするというのが、免疫治療の大きな狙いのひとつです。
― がんの再発防止について ―
TEL:03-6263-8163

■記事を書いた人
銀座鳳凰クリニック院長
永井 恒志
医師、医学博士(東京大学)、東海大学大学院客員准教授。東京大学医学部附属病院内科研修医を経て、東京大学大学院医学系研究科の文部教官時代に大型放射光施設SPring8を利用した多施設共同研究(国立循環器病研究センター、東海大学ほか8研究機関)をリードし、多数の国際医学雑誌に論文を発表した。
がんの再発リスクと免疫の関係
がん細胞は、治療によって多くが取り除かれたように見えても、わずかに残った“がん幹細胞”や“微小転移”が体内に潜んでいる場合があります。これらの残存がん細胞は、検査では見つからないほど小さくても、時間をかけて再び増殖し、再発の原因となるのです。こうした再発の芽を摘むために、「見えないがん」に対する免疫監視が求められます。
ここで重要なのが、T細胞やNK細胞などの「がんを記憶する」免疫細胞の存在です。T細胞の中には「メモリーT細胞」と呼ばれる種類があり、がんの抗原(がん細胞特有の目印)を覚えることで、将来的に再び同じ抗原を持った細胞が現れた際には、即座に攻撃を仕掛ける準備ができます。
実際、Nature誌に掲載された研究(Sahin et al., 2017)では、mRNAワクチンを用いてがん抗原をT細胞に学習させた結果、治療後も長期にわたってメモリーT細胞が残存し、再発を防ぐ働きを持っていたことが示されました。
このように、がんに対する免疫記憶の活性化は、再発予防において非常に有効な戦略になりつつあります。
免疫治療で免疫記憶を作るには?
免疫治療といってもさまざまな手法がありますが、なかでも再発予防に効果が期待されているのが、「樹状細胞ワクチン」や「ペプチドワクチン」などの“がんワクチン療法”です。これは、患者様のがん細胞由来の抗原を人工的に抽出・加工し、それを樹状細胞や他の免疫細胞に提示することで、がん特有の情報を免疫システムに学習させる方法です。
たとえば、日本でもいくつかの施設で使用されている「WT1(Wilms' tumor 1)ワクチン」は、さまざまながんに共通して発現しているWT1というタンパク質をターゲットにしたペプチドワクチンです。これを免疫細胞に提示することで、WT1を持つがん細胞に対してメモリーT細胞が働き、長期間にわたる免疫監視が期待されます。
また、近年は個別化がんワクチン(Personalized Cancer Vaccines)という新しいコンセプトも登場しています。これは患者様自身のがんの遺伝子変異を解析し、その人に特有のがん抗原(ネオアンチゲン)を見つけてワクチン化するという極めて個別化された免疫治療です。
2023年に発表されたModernaとMerckの共同研究では、mRNA個別化ワクチンと免疫チェックポイント阻害剤の併用でメラノーマの再発率を顕著に下げる成果が報告され、大きな話題を呼びました。
当院のがんワクチン療法:
免疫記憶を支える「生活習慣」も重要
ここで忘れてはならないのが、「免疫記憶の維持には体のコンディションが大きく関与する」という事実です。睡眠不足、慢性的なストレス、腸内環境の乱れ、栄養不足などは、免疫の働き全体を弱め、せっかく作られたメモリーT細胞の活動も低下させてしまいます。
再発を防ぐうえで、がん治療だけでなく、免疫の働きを支える生活習慣の見直しがとても重要です。
特に注目されているのが「腸内フローラ(腸内細菌叢)」です。腸には全体の約70%もの免疫細胞が集中しており、腸内環境の良し悪しが免疫応答に直結することが分かっています。

ある研究(Gopalakrishnan et al., Science, 2018)では、腸内に特定の善玉菌が多い患者様ほど、免疫チェックポイント阻害剤に対する治療効果が高かったという結果も出ています。
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まとめ:再発防止の主役は、あなた自身の免疫力
がんとの闘いは「一度治ったら終わり」というものではありません。むしろ、がんを乗り越えたあとに続く「再発予防こそが本番」という見方もあります。そこで、あなた自身の免疫力、特に“記憶する免疫”を強化することが、再発予防の最大の武器になります。
最新の免疫治療では、がんの情報を免疫に記憶させ、治療終了後も見えないがん細胞の芽を監視し続ける仕組みが整いつつあります。そしてその効果は、すでに多くの臨床試験で確認されており、今や研究室の理論にとどまらず、現場の実践として進化しています。
治療が終わっても「終わり」ではなく、「次に備える」ことが大切です。免疫記憶という強力な味方を持ち続けることで、再発への備えと安心が手に入るのです。
― がん再発防止のための免疫治療 ―
当院のがん免疫治療:





